記事ナンバー 受信メールNo.314
記事日付 2009/06/14(Sun) 14:30
記事投稿者 さとる@けりもぐ
記事タイトル ナウでヤングな東京でソフトカツゲンが買えない理由。
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小学生を相手に本気で桃鉄の勝負を挑む俺カッコイイ。(挨拶のつもりです)

若かりし頃の僕と昼ドラのそれを彷彿とさせるような泥沼の三角関係を繰り広げた友人が東京に移住したのは今年の3月。東京といえばコンクリートがジャングルっちゃうくらい混沌とした街だから、ミスター田舎者の僕は友人の安否が気がかりで夜も眠れやしない。ごめん、ウソ。本当は死んだように寝てる。むしろ死んでる。毎晩のように三途の川でニジマス釣りをエンジョイしてる。素手でこう、ガバッ!とワイルドに釣ってる。キング・オブ・ワイルドに釣ってる。

ワイルドな胸毛はさておき、最近にわかに東京生まれのヒップホップ育ちを気取りはじめた友人が電話口で「ていうか、知ってた?東京ってソフトカツゲンが売ってねぇの。マジありえねー!」と叫んでいたのを聞いて、僕は驚きのあまり思わず3日ぶりの便意をもよおしてしまいました。おいおい、悪い冗談はよしてくれたまえ。あの大泉洋ですら東京にかぶれてしまっているというのに、北海道のカリスマ飲料として名高いソフトカツゲンが売っていないとは悪ふざけにもほどがある。

だってさ、ソフトカツゲンといえば乳酸菌飲料界きっての大御所でしょ?あのヤクルトですら「これはこれはソフトカツゲン師匠。おはようございます!いやぁ、それにしても昨日の師匠、相変わらずキレてましたなぁ。特にあの場面、調子に乗った中山秀征が師匠に対して芸人殺しのむちゃぶりをした時のあの絶妙な切り返し。あれはソフトカツゲン師匠にしかできない技っすよ。勉強になるわぁ」と、露骨なまでにゴマを擦るくらいの大御所でしょ?なのに東京に売ってないとか。ないわー。

いや、待てよ。ソフトカツゲンが東京に売っていないというのは、つまり、関西ローカルの番組で若手芸人に煙たがられる大御所的なスタンス?東京進出に失敗したくせに関西では大物気取りのベテラン漫才師的なスタンス?たいして面白くもないくせに芸歴だけは無駄に長いから若手は絡みづらくて仕方がない的なスタンス?うん、これだ。これに違いない。ソフトカツゲンが東京に売っていない理由、それは東京の土俵で勝負できる芸を持っていないから。要するに、おもんないねん!

という訳で、ソフトカツゲンのおもんない芸を見たい方は北海道へおいでやす。
記事ナンバー 受信メールNo.313
記事日付 2009/06/12(Fri) 18:36
記事投稿者 さとる@けりもぐ
記事タイトル 米国産のプロテインは鼻血が出るほど甘い。
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美術の教科書とセシールのカタログは思春期男子の聖書。(挨拶のつもりです)

普段わりと好んで聴いている音楽が洋楽中心で、なおかつ普段わりと好んで飲んでいるプロテインが米国産。たったこれだけの理由に託けて「この非国民!アメリカかぶれ!オバマの手先!ニューヨークの恋人!ファッキンジャップぐらいわかるよバカやろう!」などと罵倒されるのは甚だ遺憾である。なぜなら、アメリカ生まれのラストサムライが誰よりも幕末期の日本を愛していたのは言うまでもない事実であるし、アメリカ生まれのデーブ・スペクターが誰よりもダジャレのレパートリーを持っているのは言うまでもない事実であるから、ゆえに、アメリカかぶれの僕が誰よりも褌(ふんどし)の似合う尻を持っているのは言うまでもない事実である、と結論付けられるからである。帰納法的推論によれば。倒置法。

要するに、僕が音楽を聴きながら気分よく縦ノリをかましている最中に「欲しがりません勝つまでは!鬼畜米英ー!」という昭和レトロな奇声をあげながらハッピーターンの食べカスを投げてくる友人の言動はきわめて論理性を欠いたガキの屁理屈に過ぎないのである。日本文化の象徴として天皇陛下と並び称される褌(ふんどし)を大胆かつ繊細に着こなすことのできる、いわばファッションリーダーの代名詞的存在の尻を持つ僕に対してハッピーターンの食べカスを投げるとは愚の骨頂。ええい!僕の右の尻に燦然(さんぜん)と輝く直径5mmのホクロが目に入らぬか!こちらにおわすお方をどなたと心得る!畏れおおくも先の尻将軍、さとる公にあらせられるぞ!ご老公の御前である!一同、頭が高い!控えおろ〜う!

という訳で、今後、ピンチの時にはとりあえずパンツを下げてみようと思う。
記事ナンバー 受信メールNo.312
記事日付 2009/05/27(Wed) 20:16
記事投稿者 さとる@けりもぐ
記事タイトル この世でいちばんの正直者とはいったい誰か。
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乾燥肌の方がマナで、オイリー肌の方がカナです。(マニアックな判別法)

親しい仲間内に僕の人柄についてさりげなく聞いてみたところ、返ってきた答えの多くは「ひねくれ者」やら「むっつりド変態」やら「パンストの貴公子」やら「腐りかけの木綿豆腐」やら「マジで女子更衣室に忍び込む5秒前」といった思いつく限りの悪口ばかりでした。僕としては「正直者」やら「現代のマザー・テレサ」やら「歩くマイナスイオン」といった回答を期待していたのですが、現実は腐りかけの木綿豆腐でした。せめて「腐りかけの絹ごし豆腐」だったら少しは更生の余地が残されていたとは思うのですが、とりあえず明日からはキッチンの三角コーナーで寝泊りすることに決めました。という訳で、只今ルームメイト募集中!

そりゃたしかに、自分が正直者じゃないことくらい自覚しています。友人から「明日どこで待ち合わせだっけ?」と書かれたメールが届けば、迷うことなく「デヴィ夫人の実家前に午後6時集合」と書いたメールを送りつけますし、見知らぬ人に道を尋ねられたら「ワタシ日本語ワカリマセン」とわざとらしいカタコトの日本語を喋っては外国人のフリをして事なきを得ようとしますし、飯をおごってもらいたい時には蚊のささやくような声で「実は3日間くらい何も食べてないんだ・・・」と言っては今にも栄養失調で死にそうなフリをします。履歴書の趣味・特技の欄には「TPOに応じて都合よく栄養失調になれること」と書くのが我がジャスティス。

そんなこんなで、人様から正直者と呼ばれるには程遠い、嘘で塗り固められたホラ吹き人生を送っている僕ではありますが、肌に関してだけはことのほか正直者だったりします。ひとたび栄養が偏ればニキビ(あえて吹出物とは呼ばない)が我が物顔で勢力を拡大しますし、ひとたび肌の手入れを怠れば皮膚がカッサカサに乾燥してしまいます。この前なんて僕の肌をサハラ砂漠と勘違いしたラクダが迷い込んでいましたからね。いや、ラクダじゃなくてラマだっけな。まぁそんなのは別にどっちでもいいんだけど、とにかく勝手にサハラ砂漠と勘違いした挙句に「スフィンクスいねぇ!」とかキレてました。ラクダのくせに生意気ですよね。

ラマ、じゃなくてラクダはさておき、僕の肌はそのドス黒い人間性に反比例するかのごとくとても正直者なんです。ジャンキーなフードをムシャムシャと喰らった翌朝なんてそれはそれはひどい有様で、なんかもう尾崎豊の世界観みたいな肌の荒れ方をしますからね。盗んだ皮脂で走り出すニキビ、みたいな。いちおう食生活には細心の注意を払っているつもりではいるのですが、27歳の独身男の食生活なんてたかが知れています。炊き立てのごはんに納豆と生卵をぶっかけて終了とか。だからこそ料理の得意な人妻にそそられるといいますか、むしろ僕を料理してください的な妄想が膨らむのだと思います。ついでにクララもムクムクと膨らむのだと思います。

という訳で、この世でいちばんの正直者、それは僕の下半身なのだと思います。
記事ナンバー 受信メールNo.311
記事日付 2009/05/25(Mon) 02:50
記事投稿者 さとる@けりもぐ
記事タイトル ガッキーを愛するがゆえにやめられないタバコ。
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新米は水加減を控えめに、古米は多めに炊くと美味い。(どうでもいい雑学)

禁煙に成功した者にはもれなく「ガッキーの乳首を半永久的に吸ってもいい権利」が贈呈されるという法律が施行されたとしても僕は絶対にタバコをやめられないと思います。それに加えて「ガッキーの乳首を吸うだけでなく甘噛みしてもいい権利」が贈呈されるとしても僕は迷うことなくタバコを吸い続けると思います。むしろタバコを甘噛みすると思います。むしろタバコはガッキーの乳首だと思います。タバコをやめること、それすなわちガッキーの乳首をやめることだと思います。ガッキーの乳首をやめるくらいなら僕は迷わずガッキーの乳首をあきらめると思います。

最近はガッキーの乳首を吸える場所もめっきりと少なくなり、なんとも息苦しい世の中になりました。どこもかしこも「禁ガッキーの乳首ブーム」の熱に侵され、各病院に設けられた「禁ガッキーの乳首外来」には連日たくさんの「ガッキーの乳首依存症患者」が押し寄せています。いまやガッキーの乳首を吸っているだけで性犯罪者を見るがごとき蔑視の視線を投げかけられる時代ですから無理もない話です。ガッキーの乳首ごときで性犯罪者の烙印を押されるのは慙愧に耐えない不当差別だとは思うのですが、否が応でも時代の流れには従わねばなりません。

でまぁ、主な治療法としましては、まず初めに左右どちらかの腕に「ガッキーの乳首パッチ」なるものを貼り、そこからガッキーの乳首の主成分である「ガッキーの母乳成分」を体内に吸収させることで「禁ガッキーの乳首」によるイライラ症状を緩和させます。次に数週間かけてパッチに含まれる「ガッキーの母乳成分」を段階的に減らしていき、最終的に「ガッキーの母乳成分」が体内から抜けきったところで治療は終了。めでたく「禁ガッキーの乳首」に成功するというプロセスをたどる訳です。これがいわゆる「乳離れ」と呼ばれるやつだと思います。たぶん。

この治療法なら僕も無理なく「禁ガッキーの乳首」を達成できるかもしれない。そんな淡い薄ピンク色の希望を抱きながら毎日を過ごしている僕ではありますが、なんかこうイマイチ踏ん切りがつかないというか、ガッキーの乳首をやめた後の人生に一抹の不安を禁じえない訳で。そもそも、ガッキー乳首は口からチュパチュパと吸うからこそ美味なのであって、腕から「ガッキーの母乳成分」を摂取したところで満足感を得られるとは到底思えないのです。むしろ逆に腕でいじられるガッキーの乳首の立場になって考えてみろ!気持ちよくなれるはずがないだろ!バカ野郎!

という訳で、僕はタバコをやめません。ガッキーを愛するがゆえに。倒置法。
記事ナンバー 受信メールNo.310
記事日付 2009/01/14(Wed) 11:11
記事投稿者 さとる@けりもぐ
記事タイトル なぜ僕は大晦日に年越しそばを食べなかったのか。
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「エア筋肉痛」という大会があればぜひとも回復したい。(挨拶のつもりです)

年末年始にかけてブログの更新頻度が極端に落ちている理由。それはさとるが紅白落選のショックから未だに立ち直れていないからだ。みたいな根も葉もない噂話で盛り上がっていた東南アジア系の2人組が向かいのホームや路地裏の窓で新種のパクチーをこっそり栽培していたところ、麻薬取締法違反の容疑で誤認逮捕されてひどい仕打ちを受けたというニュースを今朝の朝刊で見たような気もするし見ていないような気もします。まぁ、絶対に見ていないだろうけど。

それはさておき、もし仮に麻薬取締法違反の容疑で誤認逮捕された東南アジア人に取調室でカツ丼を出すとしたら、三つ葉の変わりにパクチーを添えたりするんでしょうかね。パクチーが原因で誤認逮捕された挙句にパクチーを食わされるだなんて、脂っこい食生活が原因でお医者さんにこっぴどく叱られた内山君に日清オイリオギフトを贈るくらいひどい嫌がらせですよね。目には目を、歯には歯を、東南アジア人にはパクチーを、太っちょには日清オイリオギフトを、大晦日には年越しそばを。

という訳で、大晦日には年越しそばを食べなきゃいけないという風習は、太っちょには日清オイリオギフトを贈らなきゃいけないという固定観念と同じくらい偏狭な風習だと思うんです。日清オイリオギフトだけは勘弁して欲しいと願っている太っちょがいるように、年越しそばだけは勘弁して欲しいと願っている大晦日だっているはずです。例えば、もし仮にそばアレルギーの大晦日がいるとしたら、僕らはとてもじゃないけど軽軽しく年越しそばなんて口にできないと思うんです。

みなさんは考えたことがありますか?そばアレルギーが原因で年越しそばが食べられない大晦日の気持ちを。暢気に紅白を見ながら年越しそばをすすっている大晦日がいる一方、そばの変わりに泣く泣くうどんで代用している大晦日だって少なからずいるのです。悲しかろう。悔しかろう。なので、これだけはどうか忘れないで欲しい。紅白を見ながら年越しそばを食べることが日本人のステイタスとされている世の中において肩身の狭い思いを強いられている大晦日がいることを。

という訳で、僕は大晦日を「年越し睡眠」で過ごしました。(最悪すぎる失態)
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 物申したい時とかあると思う。

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